スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Clear and Refreshing (Perfume:Spending All My Time)の評論文の意訳

Perfume:Spending All My Time

2012年8月 Clear and Refreshing

イアン・マーティン

Perfumeの新曲『Spending All My Time』を愛するためのすべての理由。

 間違いなく数多くのファンを悩ませたこの曲、最悪であると同時に最高である理由を以下に述べたい。

「一体何なんだこれは?同じ歌詞とメロディが4分間ただ繰り返されてるだけじゃないか?これは歌なんかじゃない。なぜ英語の歌詞なんだ?Perfumeは日本語で歌うべきだろ、それが彼女たちが愛されている理由じゃないか。しかもこのサウンドは日本らしさがない、まるで90年代のユーローハウスミュージックみたいだ。全くPerfumeらしくない!」

 この曲についてこのような批判を耳にした人は多いだろう。そのようなことを言っている人を今よく見極めてほしい、ここが馬鹿を見分ける重要なポイントだ。そういった人とはもう手を切ってもいいだろう。なぜならこの批判の内容こそがまさにこの曲『Spending All My Time』の価値を端的に言い表しているからだ。

 同じ歌詞とメロディがただ何度も繰り返されてだけじゃないか。

 確かにこれは事実だ。しかしながら、この歌詞とメロディの繰り返しこそが素晴らしいのだ。
 この3年半の間、『ワンルーム・ディスコ』以来といってもいいが、中田ヤスタカの作る曲の大きな問題は、同じような楽曲を繰り返し繰り返し作り続けてきたことにある。
 もちろん非常に素晴らしく、優れた楽曲も多いが、基本的な曲の構成はミドルテンポから、急激にアップテンポへ変化し、キャッチーな声のハーモニーが続くというものだ。特に『VOICE』のコーラスについては息をのむ素晴らしさであり、そのゴキゲンなPOPサウンドは心臓が飛び出すような経験をさせてくれる。

 しかし、ここではじっくりと腰を下ろして最後まで聞いて欲しい。『Spending All My Time』はスウェーデンのロックデュオRoxette(ロクセット)のコンピレーションアルバム『Don’t Bore Us - Get to the Chorus!』の中の一曲から名前が取られていることは明らかだ。(※訳者注:このコンピレーション・アルバムの中に『Spending My Time』という曲が含まれている ○曲 http://bit.ly/QVqT3N )。
 この曲は4分間の間、素晴らしくキャッチーなコーラスで構成されている。つまり、この『Spending All My Time』はただのポップミュージックではなく、ある意味においてスーパーポップミュージックを最高に凝縮させた音楽だと言えるかもしれない。ポップ・ミュージックの魔法のエッセンスを凝縮させた麻薬なのだ。

 そしてこの曲は2007年頃の中田ヤスタカが、その音楽を作っていく過程を垣間見せてくれるものでもある。この時期はcapsuleで行なっていた手法をPerfumeでも通用するかどうかを試し始めた時期でもある。
 この年の初めcapsuleは『Feelin’ Alright』をリリースしている。この曲は曲全体がワンフレーズの歌詞を同じメロディで繰り返すという『Spending All My Time』よりも更に繰り返しが多用された楽曲だ。

 今更この手法をなぜ取り入れたのと驚くのも無理はない。私もそこに気づくまでに時間がかかった。しかし、この繰り返しの手法により、そのサウンドは多くの素晴らしい楽曲がそうであるように頭から離れなくなるのである。

 capsuleからPerfumeへと曲のアイディア流れていくことに関しては、両方のユニットにとって、お互いに新鮮な状態を保つことができるという意味において非常に有効なことだろう。

 この『Spending All My Time』は英語歌詞で歌われている。もちろん彼女たちが今後海外の市場に対して英語で歌うということにより、さらに多くのファンを獲得しようとしているということは当然理解できる。だが私はこの点においてPerfumeは英語で歌う必要性はあまりないと考えている。私はPerfumeが英語で歌うことで、今までのニッチの立場を脱却し、すぐに大ヒットを海外で飛ばせるようになるとは思っていない。

 この夏、幾つかのヨーロッパのクラブシーンでこの曲がヘビロテされたということを聞いたのは嬉しいことではある(しかし、PerfumeがアジアのVengaboys(訳者注:アムステルダムを拠点とするユーロダンス・ポップグループ)になってしまうのだけは避けてもらいたい)。

 しかし、彼女たち自身が「この曲は日本語歌詞にこそ意味がある」と言っているように、英語で歌うことについては不本意なことだと感じているのだ。

 私は、Perfumeを信奉するファンが今まで述べたような辛辣な批判を聞き、非常に心を痛めていることも十分承知している。しかし、これだけははっきりさせておきたい。

ポップ・ミュージックの歌詞には大した意味はない

ということである。

 『Spending All My Time』の歌詞は、基本的には一人の少女が永遠に誰かを愛していくという意味のものだ。このような基本的恋愛感情はJ-POPの90%以上が同じく主題にしているだろう。

 中田ヤスタカが行ったのはこのような感情に付随する感傷的で、ベタベタして、くどい言い回しの歌詞をすっぱりと削ぎ落としたところにある。
 この『Spending All My Time』の歌詞にあるような何の飾りもない生の歌詞こそ、10代の女の子の使うふで箱に書いてあるような、ふわふわして、なにかもったいぶった言い回しの歌詞よりも深い意味を読み取ることができるのである。
 さらにPerfumeのフライング・リザーズ(英国のバンド)を彷彿とさせるような意味不明でロボットのような機械的な振り付けが少女趣味的な歌詞と良い意味で相殺され、このひたむきな歌詞がより一層、聞き手の脳裏に刷り込まれるのである。

 『Spending All My Time』の歌詞を聞いて一つ気になるのは、歌詞の内容ではなく、そのリズムとの関係にある。
 Perfumeは今まで英語の発音を特に日本語的に大げさに発音してきた(「ディスコ」や「リズム」などの言葉)。この『Spending All My Time』でも同じことをしている。文法的には間違っていないが、英語的な抑揚の付け方としては間違っている。

 「Spending」という言葉は、第一音節にアクセントが付けられる。しかし、この曲ではこの言葉がメロディの中にあまりにも多く、繰り返し詰め込まれているので、彼女たちは「Spending」の第二音節にアクセントをおいて歌わなくてはならない部分ができてしまっている。これは聞く人にとっては不自然に聞こえてしまう。
 
 これをもっと英語的に自然な感じで歌うならば、不自然に聞こえる部分の「Spending」に「I」をつけて「I spend」とすれば、アクセントが第二文節にきても構わない。しかし、そこをあえてそのままにするのは、同じ文言の「繰り返し」であることを強調するということ日本人に理解しやすくするための両方の意味があるだろう。

 このような不自然な歌詞の歌い方は、McCarthy(マッカシー:英国のバンド)のように可愛らしく聞こえるものからThe Manic Street Preachers(マニック・ストリート・プリーチャーズ:英国のバンド)のように聞いていて腹立たしくなるものまであるが、常に問題となるわけではない。
 不自然なほど完璧にシンクロされた振り付けがPerfumeのイメージであり、それを売りにしている彼女たちにとって、このような歌詞の歌いまわしの不自然さは、未だ評価を待つところだが、今後も特に問題にはならないだろう。

 このサウンドは日本らしくない。

そう。ではこれまでにJ-POPが日本らしく聞こえたことがあっただろうか?
 今我々が聞いているサウンドはどれもいろいろな国から持ち込まれた音の集合体だ。『Spending All My Time』は90年代のユーロ・ハウスミュージックに似ているが、このサウンドは現在リバイバルされている真っ只中だ。
 Wonder Girls(ワンダーガールズ)の最新曲『Like Money』でも取り入れられているし、西側諸国でも力の入っている分野の一つだ。

 これこそ中田ヤスタカがやっていることなのだ。彼は現代のダンス音楽トレンドを見つけ、取り入れ、そして応用する。
 実際、外国のダンスミュージックを取り入れ、応用することによってJ-POPは成り立ってきたと言ってもいい。当時ディスコクイーンだった森高千里から10数年もの間、第一線で活躍した小室哲哉にいたるまで、1990年代の半分はこのようにして形作られてきた(後の半分は小林武史によって作られた。彼はビートルズやピンク・フロイドを取り入れることに時間を費やしすぎたが)。

 『Spending All My Time』は、確かに今は日本らしくないかもしれない。 
 しかしそれはこの分野の音楽はまだマーケットでは新しいサウンドだからだ。日本のポップ音楽は今まで全く手付かずのあるいは特定の写本筆写者だけが改竄を許され、代々受け継がれてきたような秘密の教本的な古典ではない。聞く者により、真似され、取り入れられ、応用され、そして再構築されてできたものがポップ・ミュージックなのだ。

 この曲はPerfumeらしく聞こえない。

 これについても同じことが言える。『リニアモーターガール』は『モノクロームエフェクト』には似ていなかったし、『edge』も『チョコレイト・ディスコ』とは似ていなかった。
 彼女たちの出す楽曲が同じように聞こえてくるようになったのはここ最近のことなのだ。今、彼女たちがちょっと違うことをやってきたという事実は非常に歓迎されることだ。

 中田ヤスタカの楽曲の中では彼女たちの役割は基本的に「スピーク&スペル(訳者注:キーボードに文字を打ち込むとそれを読み上げてくれる教育用玩具)」に毛の生えたようなもので、中田ヤスタカの使うシンセサイザーやその他の楽器と同じ立場だということを彼女たちが望んでいなかったかもしれないということは容易に想像できる。

 Perfumeが今まで確立してきたコンフォートゾーン(しかし、考えてみれば実際に確立したものといえばコマーシャルソングに安心して使える音楽だということを証明したにすぎない)からあえて外に踏み出すということに不安を感じているファンもいるだろう。だが、そういった古い楽曲たちが無くなってしまうわけではないのだから、今までの曲は今までどおり聴き続け、そしてこのちょっと違った新曲を純粋に楽しんでみようじゃないか。

原文 Perfume: Spending All My Time


スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

依頼

すみません。もしお時間ありましたら、この記事を翻訳してもらえませんか?
あつかましいお願いで申し訳ありません。
http://www.japantimes.co.jp/text/fm20120315l2.html

Re: 依頼

ご依頼ありがとうございます。
この記事は私も覚えています。capsuleがメインだったことと若干厳しい評論だったのでスルーしておりました。ご依頼とあらば私の拙い訳で良ければ訳させていただきます!
ただ現在は休暇中なので少し時間をいただきたいと思います。

> すみません。もしお時間ありましたら、この記事を翻訳してもらえませんか?
> あつかましいお願いで申し訳ありません。
> http://www.japantimes.co.jp/text/fm20120315l2.html
プロフィール

Mat

Author:Mat
Matのブログへようこそ!

カテゴリ
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
Number
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。